『京の作法』

 

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 人混みでは、傘を差してないときに「石突き」を後ろにしてバトンのように持ち、しかも前後にピストン運動をして歩いている人があるが、傘は凶器になることがあり、その後ろを歩く人の脅威になり、特に子供の顔の高さになることがあるので、傘は必ず杖のように垂直に持つ。又、若い母親が赤ん坊を背負って傘を差しているとき、赤ん坊が頭部を後ろに仰け反って寝てしまうと、傘の親骨の先端が赤ん坊の顔や目に当たる可能性がある。
 実は傘の事故は時々あって、近いところでは二〇〇八年四月に、横浜の高校で生徒の振り回したビニール傘の柄から本体が抜けて飛び出し、同級生の男子生徒の眼球に突き刺さり、脳に達したため意識不明の重体になった(予後は不明)。そのほか自動開閉式ジャンプ傘の事故も数件発生したのを国民生活センターが把握している。
 有料道路の料金精算所、女性トイレ、ATM機などで並んで順番を待つ場合、各設備毎に行列を作って待つのをクシ型、手前で一列に並んで待って空いたところへ行くのをフオーク型と言うが、平均して効率の良いのは後者であり、ストレスが少なく、欧米はほぼこの方式を取る。最近はロープを張って誘導するなど工夫が見られるが、何もない場合、誰かが思いきってフォーク型の先頭になると、意外に後が続くものだ。
 立ち食い・歩き食い、銜(くわ)え楊枝・銜え煙草は不作法。京都には全国各地から観光客がやってくるが、店頭で買った食べ物を食べながら歩いていることが多い。故郷へ帰っても立ち食い・歩き食いをしているのだろうか。誰も知った者がいない、旅の恥は掻き捨て、のような気がする。
 犬猫を飼うときは、隣近所の迷惑にならないよう配慮する。犬は保健所に登録し、狂犬病の予防注射を受ける。猫は屋外へ放たない。
 雨天・病弱・高齢・重い荷物がある、などの場合を除き、タクシーは家の前まで乗り付けず、表通りで降りる。
 大きな年中行事の一つに歳末恒例の「顔見世」がある。料金は庶民の手が出ない特等から、学生でも行ける天井桟敷まであり、老若男女を問わず観劇を済ませて年を越す人が多く、暮れに路上で知人とすれ違ったとき、
「観(み)といやしたか?」
「へえ」(または「未だどす」)」
が挨拶代わりだ。「京の着倒れ」と言うように、「顔見世」に行くには服装に喧(やかま)しく、地味でいかず、派手でいかず、大袈裟に言えば服装は着手(きて)の美意識の表れだ。近年観客の服装が悪く、まるで茶の間で転がっているような服装が見られるのは困ったものだ。昔は、涼風が立つと、暮らし向きの豊かな家には御出入りの呉服屋が顔見世用の反物を見繕って持ってくる。すると内儀が自分用、年頃の娘用、場合によっては使用人用のも選び、年末に間に合うよう仕立てに出す。
 以上は最早ドラマの世界でしかないが、それでも南座の顔見世に行くと、今も趣味の好い、改まった和装・洋装の姿が見られる。西欧では正装で観劇に行く人が多いのと同じだ。英国で言えば、六月に女王陛下臨席のアスコット競馬がファッションの晴れの場なのにも似ている。
 京都には国立博物館、国立近代美術館、市美術館を始め、大小四、五十の美術・博物館があり、デパートの催し場も含め、年中どこかで特別企画展が行われていて、京都人はよく出掛けてゆく。本当の通(つう)は時間を見付けて一人で出掛けて行き、連れ立って声高にお喋りしながら見たりしない。
 電車・バスなどの車中では腰掛けて足を組まない。靴は脱がない。空調が入っているのに窓を開けたりしない。大声を出さない。欧米の映画やドラマの中では車中に限らず、上流階級は静かにゆっくりと話し、「八っつあん熊さん」連中は大声早ロ、と決まっている。

 

(以下次号)

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